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妻との同居中のことを思い返すと、心がざわざわとします。
精神的DVの体験はトラウマのように残っており、その記憶が完全に払拭されることはありません。

それでも、私は案外スムーズに気持ちが楽になったと思っています。
理由は、そもそも同居期間が短かったこと、妻と別居して連絡を断ち、完全に距離を取ることができたこと。
それから、他にもあります。

妻に何をされ、何を言われたのか、精神的DVの記録を文章で書き記したお陰で、トラウマをほとんど克服することができたと思っています。

別居を始めてしばらくしてから、私は結婚生活を振り返り、文章で記録してみたのです。
思い出すのはつらいのですが、気持ちが楽になっていく感覚がありました。
このブログも、実はそのために記している、と言っても過言ではありません。

私はプログラマーなので、毎日パソコンに向かって作業することには慣れています。
が、これだけ集中して文章を書く行為は初めてかもしれない、というくらい、集中して文字を書きました。
「書く」という行為自体が私にとって苦ではなかったこと、もともと集中して作業に取り組むことに抵抗がなかったせいもあると思います。

では、なぜ文章で書くことで、気持ちが楽になるのでしょうか。

一見すると、わざわざつらい体験を思い出すことで、トラウマが蘇ったり、記憶が克明になったりして、逆効果のような気もします。

確かに、思い出すのはつらいものです。
しかし、文章に書くことで、自分の心の中にあったトラウマを、外側に吐き出すことができます。

つらい体験を外側に吐き出すことに何のメリットがあるかというと、それを客観視できるということです。

同居中、理不尽に責められ、人格や性格を否定されていた時は、視野が狭くなり、自分の問題を客観視することが難しくなっていました。
加害者にとっては、そうやって被害者の視野を狭め、思考を停止させることが目的でもあるのでしょう。

しかし、加害者から物理的に距離を置き、その問題を客観視できるようになると、冷静な判断が下せるようになります。

「自分の中にあるつらい体験を文章で書き記す」という行為も、加害者から距離を置くのとイコールの行為です。
心の中身を吐き出すことで、距離と時間を置いて冷静に振り返ることができるのが、何よりのメリットです。

他にもメリットはあります。

覚えていることを記録しておくことは、離婚交渉や調停や裁判をしていくに当たって、重要な資料になります。

口頭で説明するだけでは伝わらないこともあるでしょう。
そんな時に文章があれば、弁護士や協力者の方々に被害を理解してもらう手助けになります。

何より、人間の記憶というのは時間が経てば経つほど曖昧になっていきます。
忘れないうちに、できるだけ早く記録に残しておいた方がいいでしょう。

また、文章で書く以外にも、人に相談することは有意義です。
「書く」のと同様に「話す」ことも、つらい経験を外側に吐き出す行為だからです。
第三者に聞いてもらうことで、客観的な意見ももらえるでしょうし、視野が広がります。

モラハラやDVの被害を受けている間は視野が狭くなりがちなので、書いたり話したりすることで、客観的視点を入れることが重要でしょう。


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